厄落としとは?辞書には二つの意味がある|厄払い・厄除けとの区別は俗説
厄落とし(やくおとし)は、辞書上「厄払い」と同義。加えて「年の数だけ包んだ銭や豆、ふんどしを道に捨てる」という風習も辞書が明記しています。よく見る「厄除け=予防/厄払い=祓う/厄落とし=落とす」という三分法には、辞書の裏づけがありません。
文・三森 捷暉

第一に、「厄払い」と同じ意味。第二に、厄年の人が大みそかや節分の夜に、自分の年の数だけ包んだ銭や豆、ふんどしなどを道に捨てるという風習です。
そして重要な点を先に書きます。ネット上でよく見る「厄除け=予防/厄払い=祓う/厄落とし=落とす」という三分法には、辞書の裏づけがありません。
厄落とし 早見表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み方 | やくおとし |
| 意味① | 「厄払い」に同じ |
| 意味② | 年の数だけの銭・豆・ふんどしなどを道に捨てる風習 |
| 時期 | 大みそか、節分の夜 |
| 三語の区別 | 辞書上は明確な区別なし |
| 「神社/寺」の別 | 慣用。神社どうしでも見解が分かれる |
| 発想 | 手放す/分散させる |
三分法は、辞書に書かれていない
まずここを片づけます。検索すると、次のような表が必ず出てきます。
- 厄除け——厄を寄せつけない(予防)
- 厄払い——いま憑いている厄を祓う
- 厄落とし——厄が起きたあとに落とす
きれいな整理ですが、辞書はこう書いていません。
『デジタル大辞泉』の「厄落とし」の第一義は、「厄払い1」に同じ——つまり同義です。Wikipediaの「厄祓い」も、「厄を避ける方法によっては、厄除け、厄落としなどとも呼ばれる」として、呼称の違いという扱いにとどめています。
三分法は、説明の便宜として広まった整理であり、俗説寄りと考えるのが正確です。「厄除けと厄払いを間違えた」と気にする必要はありません。
同じく「神社は厄払い、お寺は厄除け」という説明も慣用です。羽田神社の公式サイトはこの区別を採っていますが、龍志神社の公式サイトは「災厄、邪気、穢れとは目に見えるものではないので、厄を寄せつけない、厄を取り払うという行為に大きな違いはないと思います」としています。神社どうしで見解が分かれているのが実際です。
辞書が認める「道に捨てる」風習
三分法が俗説である一方、辞書がはっきり書いている風習があります。こちらのほうが、はるかに面白い。
厄年を迎える人が大みそかや節分の夜に、自分の年の数だけ包んだ銭や豆、またはふんどしを道に捨てるなどの風習
年の数だけの銭。年の数だけの豆。そしてふんどし。これらを夜、道に捨ててくる。
発想は明快です。身につけていたものを手放すことで、厄も一緒に落とす。形代が穢れを人形に移して流すのと、まったく同じ構造です。移して、離す。
そして落ちたものを誰かが拾うと、その人が厄を引き受けることになる——という語りもあります。厄は消えるのではなく、移動するものとして扱われていたわけです。
厄落とし団子 ― 分けて持ってもらう
検索サジェストに「厄落とし 食べ物」「厄落とし団子」が出てくるのは、この系統の風習が各地に残っているためです。
厄年の人が餅や団子を配り、周囲に厄を分け持ってもらう。一人で背負うのではなく、大勢で少しずつ引き受ける。捨てるのではなく、分散させるという形です。
| 型 | やり方 | 発想 |
|---|---|---|
| 捨てる | 銭・豆・ふんどしを道に落とす | 手放す |
| 配る | 餅・団子をふるまう | 分散させる |
| 祓う | 神社でお祓いを受ける | 専門家に祓ってもらう |
厄年とは
厄落としが行われるのは、主に厄年です。一般に男性42歳、女性33歳を大厄とし、その前後を前厄・後厄とします。時期としては正月から節分にかけて行うことが多いとされます。
なお厄年の年齢や数え方は地域や寺社によって異なります。参拝先の案内を確認するのが確実です。
抱えたまま進まない
厄落としの考え方を一行にすると、背負っているものを、意図的に手放してから進むということです。
抱えたまま頑張るのではない。落としてから進む。この順番が、日本の民俗が繰り返し形にしてきたものです。大祓が半年ごとに落とし、形代が移して流し、厄落としが道に捨てる。溜めてから対処するより、こまめに落とすほうが軽い。
心についても、同じことが言えます。その日に受けたものを、その日のうちに降ろす。心のデトックスのやり方やストレス発散の方法もあわせてどうぞ。
出典・参考
- 『デジタル大辞泉』小学館(「厄落とし」の項・二つの語義)
- 羽田神社 公式サイト/龍志神社 公式サイト(厄払いと厄除けの区別について)
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あわせて読みたい(仏教の冥界観から見た「報い」)FAQ
よくある質問
Q.厄落としとは何ですか?
『デジタル大辞泉』は二つの意味を挙げています。第一に「厄払い」と同じ意味。第二に、厄年を迎える人が大みそかや節分の夜に、自分の年の数だけ包んだ銭や豆、またはふんどしを道に捨てるなどの風習です。二つ目は辞書が明記する実在の慣行です。
Q.厄落とし・厄払い・厄除けはどう違いますか?
辞書上は明確な区別がありません。『デジタル大辞泉』は厄落としを「厄払いに同じ」とし、Wikipediaも厄除け・厄落としを「呼称の違い」として扱っています。「厄除け=予防/厄払い=今ある厄を祓う/厄落とし=厄が起きた後に落とす」という三分法は、説明の便宜として広まったもので、辞書の裏づけはありません。
Q.「神社は厄払い、お寺は厄除け」というのは正しいですか?
これも慣用であって規則ではありません。羽田神社の公式サイトはこの区別を採る一方、龍志神社の公式サイトは「厄を寄せつけない、厄を取り払うという行為に大きな違いはない」としています。神社どうしでも見解が分かれます。
Q.「わざと物を落とす」というのは本当の風習ですか?
本当です。辞書が明記しています。年の数だけの銭や豆、ふんどしなどを道に捨てるという風習で、身につけていたものを手放すことで厄を一緒に落とす、という発想です。
Q.厄落としの食べ物や団子とは何ですか?
厄年の人が餅や団子を配り、周囲に厄を分け持ってもらうという風習が各地にあります。厄を一人で背負わず、分散させるという考え方で、道に捨てる風習と同じ系統に連なります。
この記事を書いた人
三森 捷暉みつもり かつき
株式会社スリスタ 代表/ドヤマーケAI 運営
実務で使えるAIサービス群「ドヤマーケAI」を運営し、記事・広告・営業・人事からAI検索可視化までを手がける。YouTubeチャンネル『SaaSは死にましぇん』を発信。感情を書いて手放すアプリ「呪い日記」の企画・開発者。
この記事は民俗・言葉・文化の解説です。医療・法律・宗教上の助言ではありません。伝承は文化として紹介するもので、他者を害する手順を推奨するものではありません。出典のない通説は「俗説」と明記しています。
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