藁人形の呪いとは?辞書は「おもちゃとしてのほかに」と書いている
藁人形は呪いの道具というイメージが強いですが、辞書の第一の説明は「わらで作った人形。おもちゃとしてのほかに」です。害虫駆除や疫病除けにも使われました。丑の刻参りとの関係、五寸釘の定型が江戸期に整った経緯、2022年の実際の逮捕事例までを解説します。
文・三森 捷暉

『デジタル大辞泉』はこう書いています。
わらで作った人形。おもちゃとしてのほかに、実際の人間の代わりに傷つけて相手を呪うのにも用いる
呪いの道具という側面は、「ほかに」として付け加えられています。この記事では、呪具以外の顔から、定型がいつできたのか、そして現代の法的な扱いまでを整理します。手順を紹介する記事ではありません。
藁人形 早見表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み方 | わらにんぎょう |
| 辞書の第一義 | わらで作った人形。おもちゃ |
| 呪具としての用法 | 人の代わりに傷つけて相手を呪う |
| 呪い以外の用途 | 疫病対策、農作業の害虫駆除(虫送り) |
| 古代中国 | 死者とともに埋葬 |
| 初出用例 | 『藤葉栄衰記』(1625年ごろ) |
| 落語 | 古典落語の演目(上方では「丑の時詣り」) |
| 現代の法 | 呪いは不能犯。建造物侵入罪・器物損壊罪は成立 |
呪い以外の顔 ― 虫送りと疫病除け
『日本大百科全書』によれば、日本の藁人形は疫病対策や農作業の害虫駆除に用いられました。
虫送り——害虫を藁人形に託して、鉦や太鼓を鳴らしながら村の境まで送り出す行事です。全国各地に伝わり、いまも続けている地域があります。
構造を見ると、形代とまったく同じです。災いを人形に移して、外へ出す。流すか、送るか、焼くかの違いにすぎません。
つまり藁人形は本来、村を守る側の道具でもありました。古代中国では死者とともに埋葬されており、こちらは副葬品としての用法です。
定型はいつできたのか
「藁人形といえば白装束・五寸釘・丑の刻参り」——このセットは、思っているより新しいものです。
原型とされるのは、屋代本『平家物語』「剣之巻」(鎌倉後期)の宇治の橋姫伝説。ところが、そこに描かれる姿は、
顔には朱を指し、身には丹を塗り、鉄輪を戴きて
赤です。白装束ではありません。そして藁人形も釘も出てきません。
室町の能『鉄輪』も剣巻を翻案したものですが、やはり赤基調を踏襲し、白装束・藁人形・金槌は登場しません。
さらに決定的なのが、江戸中期の妖怪画集鳥山石燕『今昔画図続百鬼』(1779年)です。丑の刻参りを扱っていながら、藁人形への言及も描写もありません。葛飾北斎の版画にも藁人形は見えません。
| 時期 | 描かれているもの |
|---|---|
| 鎌倉後期『平家物語』剣巻 | 赤い姿、鉄輪、松明。人形なし |
| 室町 能『鉄輪』 | 赤い姿。人形は祓う側が使う |
| 1779年 石燕 | 藁人形の言及・描写なし。黒牛が描かれる |
| 近代以降 | 白装束+藁人形+五寸釘の定型が固定 |
ただし紛らわしいのは、人形に釘を打つ呪術そのものは8世紀から確認できるということです。技法は古く、定型は新しい。この二つを混ぜないことが大事です。
落語の演目でもある
意外なところで、藁人形は古典落語の演目名でもあります(上方では「丑の時詣り」)。呪いを扱いながら笑いにする——江戸の人にとって、この題材はすでに一種の娯楽でもあったことが分かります。
現代 ― 実際に逮捕されている
呪い自体は刑法上「不能犯」として処罰できません。しかしそこに至る行為は別です。
2022年6月、千葉県松戸市内の神社およそ10か所で、御神木などに藁人形が打ちつけられる事件がありました。紙片にはロシア大統領の顔写真と「抹殺祈願」の文字。千葉県警松戸東署は同市在住の72歳の男性を、建造物侵入と器物損壊の疑いで逮捕しています。御神木には大きな穴が二つ残りました。
| 行為 | 成立しうる罪 |
|---|---|
| 深夜に神社の境内へ立ち入る | 建造物侵入罪(多くの寺社は私有地) |
| 御神木に釘を打つ | 器物損壊罪 |
| 相手に見せる・告知する | 脅迫罪 |
なお藁人形は現在、通販でも販売されています。買えることと、使ってよいことは別です。
「藁人形論法」は別の言葉
検索すると必ず出てくるので触れておきます。藁人形論法(strawman argument)は、相手の主張をわざと弱い形に作り替えてから反論する詭弁を指す論理学の用語です。呪いとはまったく関係ありません。
藁で作った案山子(かかし)のような、倒しやすい相手を立てて倒す——という比喩から来ています。
内側にあるものを、外側へ
藁人形の呪術の核心は、胸のうちを、目に見える形にするという一点にあります。
内側にあるうちは扱えないものが、形になった瞬間に外側のものになる。だから虫送りでも、形代でも、丑の刻参りでも、同じ道具が使われました。移す先があることが要なのです。
そして現代の私たちにも、同じ手続きは必要です。ただし移す先は、人形でなくてかまいません。誰も傷つけず、誰にも届かない場所に書き出す——それで足ります。
出典・参考
- 『デジタル大辞泉』小学館/『精選版 日本国語大辞典』小学館(初出『藤葉栄衰記』1625年ごろ)
- 『日本大百科全書』小学館(虫送り・疫病対策としての用法)
- 屋代本『平家物語』「剣之巻」/能『鉄輪』/鳥山石燕『今昔画図続百鬼』(1779年)
- 千葉日報(共同通信配信)2022年6月15日の報道
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FAQ
よくある質問
Q.藁人形とは何ですか?
『デジタル大辞泉』は「わらで作った人形。おもちゃとしてのほかに、実際の人間の代わりに傷つけて相手を呪うのにも用いる」と定義しています。呪いの道具という側面は「ほかに」として書かれており、辞書の第一の説明はおもちゃです。
Q.呪い以外にはどう使われたのですか?
『日本大百科全書』によれば、日本では疫病対策や農作業の害虫駆除に用いられました。害虫を藁人形に託して村の外へ送り出す「虫送り」の行事などが知られています。古代中国では死者とともに埋葬されました。
Q.五寸釘と白装束は昔からの組み合わせですか?
いいえ。原型とされる『平家物語』屋代本「剣之巻」の橋姫は赤基調(顔に朱、身に丹)で、藁人形も釘も出てきません。能『鉄輪』にも白装束・藁人形・金槌は登場しません。さらに鳥山石燕『今昔画図続百鬼』(1779年)にも藁人形の言及・描写がなく、葛飾北斎の版画にも見えません。江戸期以降に整形されたイメージです。
Q.実際に藁人形を打ちつけたら逮捕されますか?
されうります。2022年6月、千葉県松戸市内の神社約10か所の御神木などに藁人形を打ちつけた男性が、建造物侵入と器物損壊の疑いで逮捕されています。呪い自体は不能犯として処罰されませんが、そこに至る行為は現実の犯罪です。
Q.「藁人形論法」とは別のものですか?
まったく別です。藁人形論法(strawman argument)は、相手の主張をわざと弱い形に作り替えて反論する詭弁を指す論理学の用語で、呪いとは関係ありません。
この記事を書いた人
三森 捷暉みつもり かつき
株式会社スリスタ 代表/ドヤマーケAI 運営
実務で使えるAIサービス群「ドヤマーケAI」を運営し、記事・広告・営業・人事からAI検索可視化までを手がける。YouTubeチャンネル『SaaSは死にましぇん』を発信。感情を書いて手放すアプリ「呪い日記」の企画・開発者。
この記事は民俗・言葉・文化の解説です。医療・法律・宗教上の助言ではありません。伝承は文化として紹介するもので、他者を害する手順を推奨するものではありません。出典のない通説は「俗説」と明記しています。
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