黒魔術とは?白魔術との線引きは誰が決めたのか|グリモワールの文献史
黒魔術とは、邪悪な意図のために行う魔術。ただし「白=善/黒=悪」という二分に絶対の基準はなく、Wikipediaは自分に不都合な魔術をすべて黒と呼ぶ分類もあると記します。『ソロモンの鍵』『レメゲトン』『ゴエティア』という実在の魔術書の系譜から整理しました。
文・三森 捷暉

黒魔術とは、邪悪な意図のために行う魔術です。『デジタル大辞泉』は「邪悪な意図のために行う魔術。妖術。幻術」と定義しています。
ただし、この語には根本的な問いがあります。白と黒を、誰が、どう分けるのか。検索すると「白魔術は善、黒魔術は悪」という説明が並びますが、その線引きに客観的な基準はありません。この記事では、そこから始めます。
黒魔術 早見表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み方 | くろまじゅつ |
| 意味 | 邪悪な意図のために行う魔術。妖術。幻術 |
| 白魔術との区別 | 客観的な基準はない |
| 実在する文献 | グリモワール(魔術書)の系譜 |
| 代表的な書 | 『ソロモンの鍵』『レメゲトン』『ゴエティア』 |
| 英語 | black magic/dark arts |
| 現状 | 「使われなくなってきている」語 |
白と黒を、誰が分けるのか
まず、この二分法そのものを検討します。
一般的な整理はこうです。聖なるもの(天使)に依れば白、邪悪なもの(悪魔)に依れば黒。あるいは、害を受ける者がなく術者や願者に益をもたらすものが白。
ところが日本語版Wikipediaは、この整理を紹介したうえで、自らそれを相対化しています。
聖悪白黒は各個人の信仰・倫理により左右される
さらに黒魔術の項では、
厳密な定義は存在しない 自分の側に不都合な魔術を全て黒魔術とする分類もある
つまり「黒魔術」とは、実在する体系の名前ではなく、後から貼られた分類ラベルです。ある共同体が「これは悪い魔術だ」と呼んだものが黒魔術になる。誰が呼ぶかによって、中身が変わります。
そしてWikipediaは、「白=善/黒=悪」という色による二分が、黒人差別と同型の思想だという批判があること、そのため「黒魔術・白魔術という語は使われなくなってきている」ことにも触れています。
実在するのは「魔術書」のほう
体系としての黒魔術が曖昧である一方、実在が確かなものがあります。魔術書です。
グリモワール(grimoire)——フランス語で魔術書を指す語で、語源は grammaire(文法)に由来するという説が有力です。文法書と魔術書が同じ語源というのは、書かれた文字の力という発想を思わせます。
代表的な書の系譜を並べると、こうなります。
| 書名 | 成立 | 内容 |
|---|---|---|
| 『ソロモンの鍵』 | 最古はギリシア語の15世紀版 | 儀式魔術の手引き |
| 『レメゲトン(ソロモンの小鍵)』 | 17世紀。最古版1641年 | 五部構成の魔術書 |
| 『ゴエティア』 | 『レメゲトン』第一部 | 72の悪霊とそのシジル(印章) |
現存する写本・刊本の大半は17世紀以降です。「古代から伝わる禁断の書」というイメージとは、ずいぶん違います。
なお A・E・ウェイト『黒魔術の書』が、グリモワールを黒魔術的なものとそうでないものに区別しようと試みましたが、峻別する絶対的な基準は存在しないとされています。分類しようとした人自身が、線を引ききれなかったわけです。
日本の呪術と比べると
呪術の記事で扱った、社会人類学の区別を思い出すと対比が鮮明になります。
| 分類の軸 | |
|---|---|
| 邪術(sorcery)/妖術(witchcraft) | 意図の有無という観察可能な基準 |
| 黒魔術/白魔術 | 善悪という価値判断 |
前者は分析のための概念、後者は評価のためのラベル。性格がまったく違います。「黒魔術と白魔術の違い」を厳密に説明できないのは、そもそも厳密な概念ではないからです。
なお日本の民俗では、まじないという一語が災いを起こすことも除くことも指しており、善悪で語を分ける発想自体が弱いという違いもあります。
「呪術は恨み、魔術は悪魔崇拝」は俗説
検索上位に、「呪術は人への恨み、魔術は悪魔崇拝で野望を叶えるもの」といった説明が流通しています。
これは辞書にも人類学にも根拠がありません。出典を示さない解説記事に由来する俗説で、実際にはゲームやファンタジー作品の設定に近い区分です。
黒魔術は英語で何という?
- black magic / 直訳。もっとも一般的
- dark arts / 文学・創作でよく使われる
- maleficium / ラテン語。害をなす魔術。学術的な文脈で
- sorcery / 邪術。意図的に害をなす技術
負の願いを持つことは、悪ではない
黒魔術の歴史が示すのは、人が誰しも負の願いを抱くという事実です。そうでなければ、相手を害する魔術の需要が生まれるはずがありません。
そして白と黒の線が引けないという事実は、願いそのものに善悪の目印がついていないことも意味します。誰かを羨む、消えてほしいと思う、報いを願う——これらは特別に邪悪な人だけが持つものではありません。
問題は願いを持つことではなく、それを抱えたまま行き場を失うことのほうでしょう。出口があれば、たいていは実行に至りません。
ネガティブ感情との付き合い方やネガティブな日記を書いていい理由もあわせてどうぞ。
出典・参考
- 『デジタル大辞泉』小学館(「黒魔術」の項)
- グリモワール、『ソロモンの鍵』『レメゲトン』『ゴエティア』の成立について
- A・E・ウェイト『黒魔術の書』
関連記事
FAQ
よくある質問
Q.黒魔術とは何ですか?
『デジタル大辞泉』は「邪悪な意図のために行う魔術。妖術。幻術」と定義しています。辞書に立項されている語です。
Q.白魔術との違いはどう決まるのですか?
客観的な基準はありません。聖なるものに依れば白、邪悪なものに依れば黒という整理はありますが、Wikipedia自身が「聖悪白黒は各個人の信仰・倫理により左右される」「厳密な定義は存在しない」「自分の側に不都合な魔術を全て黒魔術とする分類もある」と記しています。
Q.グリモワールとは何ですか?
フランス語で魔術書のことです。語源は grammaire(文法)に由来するという説が有力です。『ソロモンの鍵』の最古の版はギリシア語の15世紀版、『レメゲトン(ソロモンの小鍵)』は17世紀で最古版は1641年とされます。
Q.ゴエティアとは何ですか?
『レメゲトン』の第一部にあたる書で、ソロモンが使役したとされる72の悪霊と、それぞれのシジル(印章)を収録しています。
Q.「黒魔術」という言葉は今も使われますか?
Wikipediaは「黒魔術・白魔術という語は使われなくなってきている」と記しています。「白=善/黒=悪」という色による二分が、黒人差別と同型の思想だという批判もあるためです。
この記事を書いた人
三森 捷暉みつもり かつき
株式会社スリスタ 代表/ドヤマーケAI 運営
実務で使えるAIサービス群「ドヤマーケAI」を運営し、記事・広告・営業・人事からAI検索可視化までを手がける。YouTubeチャンネル『SaaSは死にましぇん』を発信。感情を書いて手放すアプリ「呪い日記」の企画・開発者。
この記事は民俗・言葉・文化の解説です。医療・法律・宗教上の助言ではありません。伝承は文化として紹介するもので、他者を害する手順を推奨するものではありません。出典のない通説は「俗説」と明記しています。
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